バート・D・アーマン「書き換えられた聖書」(松田和也訳 ちくま学芸文庫)を読んだ

お盆に帰省中の1冊として、バート・D・アーマン「書き換えられた聖書」(松田和也訳 ちくま学芸文庫)を読んだ。

著者はノース・キャノライナ大学の聖書学者であるが、本書は著者が専門とする新約聖書の「本文批評」学、現存する写本から新約聖書の原文を探るという地味ながら極めてオーソドックスな学問を、一般向けにスリリングな展開と読みやすい文体で紹介した良書である。訳文も読みやすい。

原題は、「イエスの誤引用〜聖書を改変した人々とその理由の背後にある物語」

ただし、本書を読み進めると、誤引用したのは、歴代の書記、信者だけでなく、教会の教導者、修道士たち、はては、そもそもの著者であるはずの、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネも例外ではないという。

その誤引用、改変のパターン、手口、動機、歴史的背景などをいくつかの類型に分け、異本を断定し、原文(に限りなく近いであろうと思われるもの)にたどりつく方法論が明らかになっている。

数年前に、田川健三「書物としての新約聖書」を読んでいたので、多くは既知の事実であったが、聖書がいかに改変されているのか、その規模とバリエーションの複雑さは、本書でこれでもかと展開され、圧倒されてしまった(それでもほんの一端の紹介なんだとか)。

なかでも感動を覚えたのが、ヘブライ人への手紙2章9節。

エスが「神の恵みによってすべての人のために死んでくださったのです。」の部分について、大多数の写本が「神の恵みによって」と記載する場面を「神から離れて」とする写本が2冊だけあり、原文は「神から離れて」の方だと断定するくだりは、著者の神学理解の核心からくるエネルギーがダイレクトに伝わってくる。